名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)155号 判決 1978年8月09日
原告
仙波敏広
被告
株式会社橋長商会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金一〇三万三〇一九円及びこれに対する昭和五二年二月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 事故発生の日時 昭和四九年一一月一八日午前一〇時一〇分頃
(二) 場所 津島市下新田町二一一番地先三差路附近
(三) 加害車両 訴外鈴木秋由運転の四輪自動車(名古屋四四ゆ一六三五)
(四) 被害車両 原告運転の原動機付第一種自転車(津島え九七一)
(五) 事故の態様
訴外鈴木は加害車両を運転して本件事故現場附近の道路を南から北に向けて進行中、被害車両を運転し、前方の水たまりを避けて走行してきた原告に接触し、よつて原告に傷害を負わせた。
(六) 結果
原告は右手挫滅傷、右環指基節骨折、屈筋腱断裂の傷害を負い、事故当日から昭和四九年一二月一一日まで二四日間入院、同月一二日から昭和五〇年一月二三日までの四三日間(実通院日数一五日)の通院治療を受け、さらに主治医の同意のもとに同年五月八日までマツサージ等の治療を受け、右環指強直、中指・小指屈曲困難の後遺障害(障害等級一二級九号)を残すに至つた。
2 責任原因
被告は本件加害車両を自己のために運行の用に供していたものである。
3 損害
(一) 治療関係費 四四万四九五〇円
(1) 治療費 三八万六九五〇円
(2) 付添費 四万六〇〇〇円(一日二〇〇〇円 二三日分)
(3) 入院雑費 一万二〇〇〇円(一日五〇〇円 二四日分)
(二) 休業損害 九〇万四〇〇〇円
原告は愛知県中島郡平和町所在の土木建築業吉岡組吉岡正一方に土木労働者として雇用されていたが、本件事故による傷害のため昭和四九年一一月一八日から症状の固定した昭和五〇年四月九日まで日曜、祝日等を除き一一三日間完全に就労ができなかつた。そして、原告の当時の日給は八〇〇〇円であつたから、その間の休業損害は九〇万四〇〇〇円となる。
(三) 逸失利益 二七八万四〇八七円
前記後遺障害により労働能力が低下し、その労働能力喪失率は一四パーセントが相当であり、原告の年齢、労働の種類等からその継続期間は一〇年とみるべきで、右逸失利益の現価は次の算式どおり二七八万四〇八七円となる。
625,750(3か月間の賃金)×4×7.945×0.14=2,784,087(円)
(四) 慰藉料 一三一万三〇〇〇円
(イ) 入通院分 二七万三〇〇〇円
(ロ) 後遺症分 一〇四万円
4 過失相殺
本件事故は原告、訴外鈴木ともに前方注視して安全に運転すべき注意義務を怠つたことにより生じた対面接触事故であり、その過失割合は半々が相当であるから、前記損害額から二七二万三〇一八円を控除する。
5 損益相殺
原告は被告から一六万円、自賠責保険より一六八万円を受領したので、これを控除する。
6 弁護士費用 一五万円
7 よつて、原告は被告に対し金一〇三万三〇一九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年二月二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、(一)ないし(四)及び(五)の事実のうち訴外鈴木が本件加害車両を運転して本件事故現場の道路を南から北に向け進行中に発生した事故であることは認めるが、原告が傷害を負つたことは不知、仮にしからずとしても、右は原告の自損行偽であり、(六)は知らない。
2 同2の事実は認める。
3 同3の損害の点は争う。原告は本件事故以前から業務に就いておらず、したがつて、休業損害及び逸失利益は生じていない。
4 同4の過失相殺の点は争う。仮に、被告に責任があるとしても、本件事故の責任は大半を原告において負担すべきである。
5 同5の事実は認める。
6 同6の事実は知らない。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張の日時、主張の場所において訴外鈴木が本件加害車両を運転して本件事故現場の道路を北進中、右加害車両と原告運転の本件被害車両との間に事故が発生したこと、被告が本件加害車両を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第二ないし第五号証、乙第一号証、証人鈴木秋由の証言、原告本人尋問の結果(措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件事故現場は歩車道の区別のない幅員四・八メートルの舗装された南北に通ずる直線の交通量は閑散な道路であり、事故現場から四九・五メートル北の地点は東に通ずる幅員四・三メートルの丁字型の交差点であり、事故現場から右交差点までは北方に向けゆるやかな下り坂となつている。
2 訴外鈴木は本件加害車両(車幅一・五メートル)を運転して、時速約四〇キロメートルで本件道路の中央附近を進行し、本件事故現場に差しかかつた際、自己の前方三九メートルにして、交差点からはその南約一〇メートルの地点を反対方向から道路の中央附近を南進してくる本件被害車両を発見したが、原告が道路の左側に避譲してくれるものと軽信し、その地点でハンドルを左へ切つてブレーキをかけたのみに進行を続けた。一方、原告は本件被害車両を運転して右交差点付近を南進し、その際反対方向から訴外鈴木運転の本件加害車両が道路中央附近を北進してくるのを認めたが、右交差点付近に水溜りがあつたので、これを避けるため道路左側に寄り、それを過ぎたところで道路中央寄りを時速約三五キロメートルで南進中、本件加害車両が同車両の進行方向左側に避譲してくれるものと軽信してそのまま進行したこと、これがため本件加害車両と被害車両とがすれ違うに際し、本件加害車両後部荷台のロープ掛けフツクと原告の右手とが接触し、これがために原告は右手挫滅創、右環指基節骨折、屈筋腱断裂の傷害を負つた。
3 右傷害により、原告は昭和四九年一一月一八日から同年一二月一一日まで二四日間津島市所在の井桁病院に入院(内二三日間は附添看護を要す)、同月一二日から昭和五〇年一月二三日まで同病院に通院して治療を受け(内治療実日数一五日)、同年四月九日症状固定し、一二級九号の後遺障害を残すに至つた。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人の供述の一部はにわかに措信し難く、他にこれに反する証拠はない。
以上の事実によれば、被告は本件加害車両の運行によつて原告に傷害を負わせたものというべきであるから、被告は原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。
二 そこで、原告の被つた損害につき検討する。
1 治療費
前顕甲第四号証によれば、前記傷害のための治療費として三八万六九五〇円を要したことが認められる。
2 附添費
前記のとおり入院中二三日間の附添看護を要したところ、右入院期間中附添費として一日二〇〇〇円の割合による金員を要することは経験則上これを認めることができるので、原告は合計四万六〇〇〇円の損害を被つたものと認むべきである。
3 入院雑費
前記のとおり原告は二四日間入院したところ、入院雑費として一日五〇〇円の割合による金員を要することは経験則上認められるので、原告は合計金一万二〇〇〇円の損害を被つたものと認むべきである。
4 休業損害、逸失利益
原告は本件事故当時土木建築業吉岡組吉岡正一方に土木労働者として雇用され、一日八〇〇〇円の給料を得ていた旨主張し、甲第七、第八号証、第一二号証、第一三号証の二及び原告本人尋問の結果は右主張に副うけれども、これらは証人川村一の証言及び被告会社代表者水谷金義尋問の結果に照らしてにわかに措信し難く、却つて右証拠を総合すると、原告は本件事故当時正業に就いておらず、定職がなかつたことが認められる。もつとも、成立に争いのない甲第一三号証の一(愛知県津島市長の原告に対する所得証明書)によると、原告には一二九万三五〇〇円の年収がある旨の記載があるが、右証明書は前記措信しない吉岡正一の給与支払報告をもとに証明せられたものであることが認められるので、右説示するところに照らして、同号証の記載から直ちに原告が前記吉岡組に雇用され、同証明書記載の収入を得ていたものということはできない。
しかしながら、原告本人尋問の結果によると、原告は事故当時三七歳であり、妻と子供四人を養つていたことが認められ、右事実に照らして、原告に定職がなかつたからといつて、原告が労働能力を有していなかつたものということはできず、しかも、原告が本件事故による受傷の日から症状の固定した昭和五〇年四月九日までの間は全く稼働できなかつたものと認むべきところ、昭和四九年賃金センサスによると、小学新中学卒の男子労働者の三五歳から三九歳の男子労働者のきまつて支給する現金給与額は一四万一〇〇〇円、年間賞与その他特別給与額は三七万七七〇〇円であつて、右の者の平均月額給与は一七万二四七五円であることが認められ、前記説示するところに徴して、原告は少なくとも一か月右と同額の収入をあげるだけの能力を有していたものと認むべきであるのに、本件事故によりこれが侵害せられたのであるから、原告は本件事故によつて休業損害を被つたものということができ、その額は次の算式どおり六四万五三九〇円となる。
次に、後遺障害による逸失利益につき考えるに、原告の収入の明らかなる減少の事実を客観的に確定しうる証拠のない本件においては、労働基準局長通牒(労働省昭和三二年七月二日付基発五五一号)別表の労働能力喪失率表を参考にするほかなく、右喪失率表に前記認定の原告の障害の部位程度を考え合わせると、原告の労働能力喪失率は一四パーセント、労働能力低下の期間は二年と認めるのが相当であり、右各数値を基礎にホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の現価を算定すると、その額は次の算式どおり五三万九三五五円となる。
したがつて、原告の頭書記載の損害額は合計一一八万四七四五円となる。
休業損害
172,475×3か月と23日(稼働できなかつた期間)=645,390円
後遺障害による逸失利益
172,475×12×0.14×1.8614(2年の係数)=539,355円
5 慰藉料
本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情を考え合わせると、原告が本件事故によつて受けた入通院分、後遺症分を含む精神的苦痛を慰藉するものとしては一〇〇万円をもつて相当とする。
三 過失相殺
前記一において認定した事実によれば、原告はかなり前方を反対方向から本件加害車が道路中央付近を走行してくるのを認めていたこと、しかも、原告は道路の左側に避けようとすれば避けるだけの道路幅があり、その時間的余裕も十分にあつたものと推認せられるのに、殊更に道路中央付近を走行したものであることが認められ、この点において被害者側にも過失があつたものというべく、前記認定の訴外鈴木の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、双方の過失割合は五〇パーセントと認めるのが相当である。
四 損害の填補
以上認定の事実によれば、原告は本件事故により二六二万九六九五円の損害を被つたことになるが、前記のとおり原告側にも過失があるので、右過失割合を減ずると、原告の請求し得る損害賠償額は一三一万四八四七円となるところ、原告が損害の填補として被告から一六万円、自賠責保険から一六八万円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないので、前記請求し得る損害額から右金額を差引くと原告の損害額は存在しないことになる。
五 以上説示のとおりであつて、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白川芳澄)